序
「近頃余りに暑うて思考もまゝならぬ、
春は何処へ、雪に咲く梅眺めたいなァ」
『ハハハならば鉄腸先生は如何ですかナ
図書室に雪中梅花間鶯の二書並んで有り
御目に掛けやうと思つて持参しました』
「天晴れ一寸雪中梅を拝借、政治小説…
確か国野基とお春と自由民権運動の話」
「オヤ〱雪中梅の韻を踏み折衷案とナ！
更に文体デアル調に非ずデスマス調にて
政治に就ても浅き事許り並べて居る吃驚
無署名か、否、乱高下とか云ふ無名の女
鉄腸を模したエツセイでは有るまいか」
『エー装丁には雪中梅と書かれて居ます
何と巧妙な、隣が本物やも知れません』
「ナニ贋作か」
『済みません』
「まァ好い〱戯れに綴つた著作も一興よ、
乱高下何を考へ折衷案を記したか見やう」
一
麗しき電脳社会、世を忍ぶ仮の姿として
「乱高下」と名乗り出でて久しいものゝ
案外この名に満足して居ります
返答に於て乱高下サンと称さるゝ度
平凡な名を欲する事も勿論有ります
其れでも気に入つて居るのです
感情の起伏が激しい私を表現するには
相応しい偽名と合点し命名致しました
二
如何でも良い事で延々悩んでは
袖を濡らして寝付かぬ日は屹度
誰にだつて有るのだと思います
近頃の私正しく其れです
沈む心を「落日」に例へ
己を正当化して居ります
落日(ラクジツ)を楽日(ラクビ)へ転ずには
如何するが善いか考へる事も有りますが
今迄の経験を思い起こすに
無闇にギヤチエンジすると
大概失敗に終わつて仕舞う
落日は無限に時間が溶ける為に
夜明けと共に後悔が襲うのです
月の満ち欠けと同じやうに
感情にだつて波が有る事を
割り切れたら楽に成らうが
偏屈な性格が災いして
さう上手く参りませぬ
感情昂る日、偶の落日
両極端を折半し得れば
どんなに自由でしやう
心にも折衷案導入せよ
三
蓋し幼き頃よりずつと
意思決定が大の苦手で
例へばAとBと云ふ
二つの相反する意見生まれたならば
如何にか纏めるべき局面が訪れます
大人に成れば殊更
複数人議論する場に於て私は弱く
終いに決断を迫らるゝ事多ければ
双方の意見に就て深く考へる程に
心中ふと迷宮入りして仕舞います
そんで散々
悩んだ挙句
「Aの意見の○○はここに導入できるよね
Bの××は煮詰める必要があると思うけどさ
AB取り合わせて応用できるんじゃない？」
なんて！
曖昧な！
第三の！
意見を！
呈して！
仕舞う！
なんで？
だつてAB共に優れた面有るのだもん
折角考えて来て呉れたじやあないか
理解して居る根つからの平和主義者たる私
公共に私情を持ち込めど結論には至らぬ事
其れでも無意識に気を遣つて仕舞うらしく
却つて場を掻き乱すのコムプレツクスだわ
結局貴方は如何したいと尋ねらるゝ場面
社会で俄然増えるのだらう嗚呼気が重い
折衷案を我が意見と吹聴しちやあ駄目か
近頃考へる事余りに多く疲れる、厭だ〱
二項対立に仕立てる風潮は兎角鬱陶しくて
男か女か
伝統か革新か
政治か文学か
神か仏か
果して何れかに絞る必要は有るのだらうか
只是れ許り考へて仕舞う私
上手く生きられぬ人間故に
息が詰まるやうに思ふ時世
黒く、赤く、生温く、輪郭さへも定まらぬ
漠然たる不安に飲み込まれん心地募る折に
皆は如何様に乗り越えて居るのだらうか？
四
平和の祭典を緊急事態の国家で執り行ふ
是程可笑しな話が有らうか、否屹度夢よ
「何処でか大層大砲が鳴てそして
喇叭の聲が聞え升が何事ですか」
雪中梅の発端に見える序文です、
東京オリムピツクに相応しき金言
国民の声は演説は何時何処へ消えたのか
命燃やし国会開設したる祖が泣いて居る
灼熱の東京に涙を、恵みの雨を与え給へ
政治とは文化とは何て愚かなのだらう！
自由とは正義とは何て眩しいのだらう！
眼前に千万の折衷案並ばうが満ち足らぬ
友人同胞との往来許さるゝは何時の日か
酒を持て、牛鍋つゝいて乾杯しやう
どうだ韋駄天羨ましからう文明開化
眼前に千万の折衷案並ばうが満ち足らぬ
アスリヰト成る者のみ優遇されて堪るか
智識と経験に富む国会とは最早幻想
欧米諸国の成すが儘気の向く儘戯れ
眼前に千万の折衷案並ばうが満ち足らぬ
至上の人生万歳三唱繰返される諸行無常
ヤァ〱生と死の間未だ見ぬ変異株に
占拠せらる刻待つた無しよ都の没落
眼前に千万の折衷案並ばうが満ち足らぬ
【解説】
今回は自らの煩悶を語るが故に、文体を
明治の小説チツクに綴る事と致しました
文法・語法・価値観の誤謬等大目に見よ
甘えるな、己が浅学恥ずべき国語学専攻
二章にて「落日」との比喩考へ付き
東京事変の落日と云ふ曲脳裡に浮び
偉大なる椎名林檎嬢の歌詞を真似て
行毎に文字の数を揃えて居りますが
さぞ誰も気づいて居ない事でしやう
「今迄何不自由無く出来た事」さへ
出来なく成つたが為に呆れて仕舞う
とても憎いわウヰルスさうでしやう
オリムピツクとは何ですか正義ですか
此れぞ東京事変ぢや御座いませんか！
